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満月の海 流転の海 第七部

満月の海 流転の海 第七部』宮本 輝(著), 新潮社, 2014年4月

時代はオリンピックの数年前。モータリゼーションの時代、『血脈の火』のところでも書いたが、私の父はこの時代の少し前に大阪で自動車整備関係の仕事に就いていた。この小説に現れる地名も両親の話の折々に話題となっていたことを僅かに記憶している。私はこの頃まだこの世にはいなかったはずなのだが、不思議と、私の心の底辺には大阪の風景が広がっている。ちなみにオリンピックが始まる少し前には私の家族は東京渋谷区(今の広尾)に引っ越し、私はこの『満月の海』の段が終わる頃に生まれた(1962生まれ)。この小説に出てくる麻衣子と私の両親はほぼ同年齢。

麻衣子は逞しい。私生児の赤子をもうけたその元を訪れた房江だったが、逆に麻衣子から元気の元を分けてもらっているように見える。生活があるため、仕方なく寄り添っているものの、伸仁がいなければ熊吾との仲は何度も危機が訪れていたことだろう。麻衣子とともに蕎麦屋をきりもりしたほうが、房江には幸せなのではないか。

博美は自立できない女。熊吾のような男がいるから生きていける。熊吾は女性にだらしが無く、博美を幸せには出来ない男である。房江を幸せにする資格も失っている。社長業にも手を抜き、現(うつつ)を抜かす。結局、それだけの男であったということである。

熊吾が君子・天子的な振る舞いが出来ないからといって、この小説の魅力が減るかといったら、そうではなく、逆に、その俗っぽさがじわじわと味わい深い趣を醸し出している。この流転の海は不思議な小説だ。熊吾の伸仁への説教が空洞化するのも、女性へのだらしなさも、健康管理をできずに糖尿病を患う姿も、熊吾の多面性なのである。

しかしそんな熊吾から信仁は確実に何かを学び取っている。

この『満月の海』は熊吾と房江が章ごとに交互に主体を入れ替えて描いているが、房江の視点の記述のほうが読んでいて心地よかった。ペン習字の通信教育を満期終了させ、達成感を味わうこのような房江の姿をこれまでの巻では見たことが無い。自信が余裕を育てつつある。だが、作者がこの本の巻末に寄せた今後の見通しによると房江は大変な苦労をすることになるとのことだ。

咲子を房江は冷めた眼で見ている。美人に対して女性は厳しいものだが、それは「美しい」という特性が「幸せ」に必ずしもつながらないことを女性たちがよく理解しているからである。



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Kiankou books review 宮本 輝氏の著作

『螢川・泥の河』『真夏の犬』
『流転の海 第一部』
『地の星 流転の海 第二部』
『血脈の火 流転の海 第三部』
『天の夜曲 流転の海 第四部』
『花の回廊 流転の海 第五部』
『慈雨の音 流転の海 第六部』
『満月の海 流転の海 第七部』
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