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近代天皇像の形成

近代天皇像の形成』安丸 良夫, 岩波現代文庫, 2007年10月


明治新政府は内外の脅威に対抗するため、自らの実力を超えた権威を得るため天皇を担ぎ出したことは良く知られている。それまでに意識さえもされていなかった天皇を新たな支配者像として当時の時代はそれを許容した。そして形の変遷はあれど今なお現実の制度として正当性が認められている。天皇像を生み出した背景とそれを支える様相についての論考。

戦国時代はプラグマティズムが支配した。神や占いを信じるようでは生き残れない。ところが一転して天下泰平となった江戸時代は社会秩序を維持する装置として、武威による統治とともに、自らを「天道」と崇めさせる絶対性を利用した。以上の考え方は江戸時代の庶民統治の背景として語られることが多い。

一方で、庶民の間に発生した祭りは、権力支配の外側で自然に発生したものであり、反秩序的といえない限り、許容されてきた。「おかげまいり」や「ええじゃないか」といったものは人々のエネルギー発散の手段となり、ともすると体制崩壊の可能性を秘めているといえなくもない。

「こうした祝祭は村や町の共同体を単位として挙行されるから、いったんはじまると共同体を単位とした強制力が働いた。村役人層は、祝祭が熱狂的なもににならないように抑制しようとしたが、しかし村役人層をも祝祭のなかに組み入れてしまうところに、こうした運動の特徴のひとつがあった。...「ええじゃないか」のこうした特長は、天照大神をはじめとする神々の冥護によって実現される世直しへの期待を表現しており、それが幕末期の社会状況のより広い歴史的文脈と結合して、素朴なナショナリズム的観念を生みだすばあいもあった。 (page 72)」

明治政府は社会秩序の周辺にあった庶民の素朴な信仰心をうまく救い上げ、天皇を中心とする新しい社会制度への摩り替えを巧妙に敢行した。

明治の政府が担ぎ出した天皇制度は、戦争と敗戦を経ても、存在し続けている。大喪の礼と即位の礼・大嘗祭は、今思い返しても、日本人がいかに体勢順応型の国民であったかを思い出させてくれたイベントだったし、それを拒否するのは、事実上、不可能だった。日本人の精神構造の中に深く組み込まれた天皇像は、普段は意識されないにしても、潜在意識のように存在し続けるのだろう。時代が変わるとき、天皇はまた様々な形で利用されるのだろう。




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Kiankou books review ご参考リンク
『日本の近現代史をどう見るか〈シリーズ 日本近現代史 10〉』岩波新書編集部,岩波新書,2010年2月

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Re: ありがとうございました♪

あの~、Googleで検索したらあなたの書いた同じコメントが他のブログでたくさん見つかりましたよ♪
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Kiankou

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