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大正デモクラシー

大正デモクラシー』松尾 尊兌, 岩波現代文庫, 2001年6月

大正デモクラシーというと私の乏しい日本史知識においては民本主義を提唱した吉野作造であり、天皇主権下において民主主義の長所を採り入れようとの運動であるとの理解に止まるものだった。大正期のデモクラシーを求める運動がこれほどまでに深い内容に到達していたものだったとは、想像の外にあった。特に東洋経済新報の反骨精神溢れるジャーナリスト精神は、言論統制が行われていたであろうこの期においては特筆に価する。大正デモクラシーは、過度期の一時的な現象とはいい切れない奥深い活動期がそこにあったと捉えなおす必要がある。

日比谷焼き討ち事件の再評価

日清戦争に至る過程において、議会と政府執行部との間に深刻な軋轢が生じており、議会運営上非常に困難な状況に陥っていたことは『日清・日露戦争 シリーズ日本近現代史 3』原田 敬一, 岩波新書, 2007年2月にも詳しく書かれてあった。政費節減と地租軽減を求める議員に大衆は一票を投じ、現実社会の変革を求めた。政府執行部はそれらを「ポピュリズム」と切り捨てた訳であるが、松尾尊兌氏の分析に従って日露戦争後の小村寿太郎の条約締結内容を不満として爆発した民衆運動「日比谷焼き討ち事件」を詳しく見てみると、確かにそこには政府執行部を批判する確かな眼が民衆の中に育ちつつあったことが見て取れる。

私は「日比谷焼き討ち事件」こそは自国の力に自惚れた傲慢で奢れる大衆の衆愚的な行動であったと看做していたのであるけれども、民主主義の原則的な活動が大衆の間に確実に浸透していたものと捉えなおして考えるべきだとの意見に賛同する。明治維新直後の一揆や「ええじゃないか」は民衆の現状に対する民衆の漠然とした不安や不満の表出であったけれども、日清・日露戦争後の大衆はもっと具体的な政治的変革を求める運動であったようだ。

東洋経済新報の歴代の幹事の反骨精神を私は高く評価する。帝国主義についてこれだけはっきりと否定する言論がこの時期に可能であったとは、驚きである。

私が思うに、このような自由主義的な言論の背景には西洋、特にJSミルの思想が影響していたのではないかと思う。JSミルが『自由論』を書いたのは1859年である→『自由論』J.S.ミル, 斉藤 悦則, 光文社古典新訳文庫, 2012年6月この本は幕末期に福澤諭吉、新渡戸稲造、内村鑑三らが読み、翻訳もされていた。JSミルの『自由論』を読んでみていただくと分かるが、ほぼ無制限で、無限大とも思われるほどの自由を政府は認めるべきだと主張しているのである。これを読んでいながら福澤諭吉は残念ながら保守的姿勢を崩さなかったのに対して、東洋経済新報の面々は、歯に衣着せぬ舌鋒鋭い主張を展開していた。彼らの主張は社会主義などにとどまらず、明治政府の寄って立つ根本的な価値観への挑戦であった。






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Kiankou books review

成田 龍一『大正デモクラシー シリーズ日本近現代史 4』岩波新書, 2007年4月
岩波新書編集部『日本の近現代史をどう見るか シリーズ日本近現代史 10』岩波新書, 2010年2月
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